海外留学助成 中間近況報告

遅野井 祥 先生
弘前大学 内分泌代謝内科学講座
2022年度留学助成(2023年 中間近況報告)

【留学先研究機関】
Cincinnati Children’s Hospital Medical Center

私は2022年9月より、Cincinnati Children’s Hospital Medical Center (CCHMC)に留学しています。Cincinnatiは米国中西部Ohio州の南部を流れるOhio riverの河畔に位置する、人口30万人程度の都市です。Ohio riverの対岸から眺めるCincinnatiのダウンタウンは小規模ながら、1866年に建設されたJohn A, Roebling橋の存在感と相まって、美しい景観を作っています(写真1)。Cincinnatiは過去には全米第6位の都市に数えられ、その発展の背景には河港貿易と養豚・食肉加工業がありました。ラードを元にした石鹸と蝋燭の製造に端を発する、日本でも有名なProcter & Gamble(P&G)が現在もCincinnatiに本社を置いています。都市の発展のために魂を捧げた豚たちへの敬意を込めて発案されたFlying pig(空飛ぶ豚)はCincinnatiのマスコットキャラクターです (写真1)。

写真1
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CCHMCは前身となる診療所が1884年に発足した歴史のある医療機関であり、1950年代にAlbert Sabin博士がポリオウイルス生ワクチンを発明したことをきっかけに世界的に有名な小児病院へと発展しました(写真2)。診療および研究実績を総合的に評価されるThe Best Children’s Hospital rankingでは例年トップ3にランクインしており、2023年には遂にNo 1に選出されました(写真3)。NIH研究予算獲得額は全米屈指であり、特にオルガノイド・発生生物学研究を最先端で牽引する研究機関です。そして、日本を含む世界中からPostdoctoral fellowや大学院生が集まり、優れた研究者が輩出されています。また、CCHMCには小児科医や小児医療の背景を持つ方が多く留学されていますが、私の様に成人の疾患を専門とする研究者も多く、多様な人材が幅広い研究に取り組んでいます。

写真2
写真2
写真3
写真3

Principle investigatorである武部 貴則 博士はCCHMCのDevelopmental Biologyに属するCenter for Stem Cell and Organoid Medicineの発足人の一人であり、オルガノイド研究分野における若手の第一人者です。武部 博士は2013年の機能的かつ移植可能な多系譜肝オルガノイドの創出に始まり、肝胆膵領域におけるオルガノイド技術の発展、非アルコール性脂肪性肝疾患の遺伝・病態研究について数々の研究成果を報告されています。武部 研究室のメンバーは研究員、研究補佐員、大学院生を合わせて約10人であり、それぞれが肝臓、胆管、膵臓等のオルガノイドを用いて、発生生物学、薬剤性肝障害、肝移植、病態モデリング等の研究を行っています。

私は留学の前には病理組織を用いたヒト新生児膵島の細胞増殖に関する研究を行っていました。病理組織は貴重な研究試料であり、近年では空間的トランスクリプトーム解析等の発展も相まって解析手法の幅が広がっていますが、基本的には機能的な解析を行うことができません。ヒトの胎児および新生児期は膵島が旺盛な細胞増殖能を示す時期ですが、病理組織以外には安定的な研究基盤が存在しないことから、細胞増殖を司る詳細なメカニズムは未解明です。一方、幹細胞、オルガノイドは正にこの欠落を補填する研究基盤であることから、私はこれらの分野の専門的な知識と技術を習得することを目標としてCCHMCへの留学を志しました。研究計画の策定にあたっては、いかにも起こり得そうな方向、容易に実行可能そうな方向へと小さく纏まってしまいそうになるところを、武部 博士の独創的な発想力と明快なご指導により矯正していただき、挑戦的かつ代謝分野に貢献できるテーマを設定することができました。現在は、肝オルガノイドと肝胆膵オルガノイドを活用し、糖尿病やNAFLDのモデル作成に取り組んでいます。基本技術を習得し、オルガノイドの誘導をある程度コントロールできる様になるために半年程の時間がかかってしまいましたが、ようやく実験系が安定し、仮説を検証するための実験を進め、少しずつデータを収集することができています。

私は妻、当時1歳の娘とともに渡米しました。渡米直後は慣れない生活環境に加えて、住居、家電、害虫などのトラブルに苛まれ、家族全員でヘトヘトになっていましたが、力を合わせて解決し、年が明けた頃には快適な生活基盤を整えることができました。そして、小児科医である妻もCCHMCで研究を始め、娘は逞しくもアメリカ人だらけの保育園に馴染み、忙しくも充実した留学ライフを送っています。Cincinnatiはきらびやかな大都市ではありませんが、比較的治安が良く、米国内では物価が落ち着いている方であり、生活しやすい都市だと感じています。また、生活圏内に動物園、水族館、遊園地、子供博物館等の家族で楽しめる娯楽施設が沢山あります。グルメについては、Cincinnati chiliと言う、歯ごたえの穏やかな麺に、ミートソースと大量のシュレッドチーズが乗った、(賛否両論の)B級グルメがあります・・・そして、まだ私は体験できておりませんが、全米で最も勢いのあるアメフトチームの一つであるCincinnati Bengalsや、メジャーリーグのCincinnati Reds等、スポーツ観戦が大変魅力的です。

以上、甚だ簡単ではありますが、私の留学の中間報告とさせていただきます。現在の物価高、円安といった情勢は留学の障壁ではありますが、鈴木万平糖尿病財団の厚いご支援のお陰様で安心して生活することができております。また、留学に送り出してくださった弘前大学内分泌代謝内科学講座および分子病態病理学講座の皆様、そして日々サポートをいただいているCCHMC武部 研究室の皆様に、この場を借りて心より御礼申し上げます。
 自分自身の成長とともに、糖尿病患者さんのためになる研究成果を上げられる様、残りの留学期間を邁進していきたいと思います。