海外留学助成 中間近況報告
2022年度留学助成(2023年 中間近況報告)
【留学先研究機関】
Max Planck Institute for Metabolism Research
マックスプランク代謝研究所のJens Bruning研究室でポスドクをしている伊澤と申します。留学生活も中間地点を過ぎ、こちらでの生活・研究ともにようやく軌道に乗ってきた手応えを感じる日々です。簡単ではありますが中間報告をさせて頂きます。
マックスプランク研究所はドイツ国内の複数の都市と一部ドイツ国外に84の独立した研究所が散在しています。私が所属するマックスプランク代謝研究所はケルンというドイツ西端の都市に位置し、マックスプランク老化生物学研究所やケルン細胞ストレス加齢関連疾患研究所(CECAD)とキャンパスを共にしています。キャンパス内での研究連関が強く、代謝研究という名の元、肥満や老化について研究を展開しています。私のボスで研究所所長のJens Bruningは糖尿病を主な対象としたMDで、基礎研究の傍ら現在もキャンパス内の病院で臨床を続けています。インスリンやグルコースのシグナル伝達全般をバックグラウンドとしていますが、脳内のインスリン受容体の機能を示した仕事(Bruning et al., Science, 2000)が有名で、2011年に所長となって以降は特に中枢の研究に力を注いでいます。
私自身これまで日本では視床下部神経の睡眠における機能を研究しており、睡眠と代謝を繋げるような研究がしたいとの思いから当研究所の門を叩きました。ボスであるJensも睡眠に興味を持ってくれ、有難いことに睡眠に関するセットアップからテーマ設定まで比較的自由に研究を進めることができています。その一方、脳波用の電極を作りたくてもまず半田ゴテがどこで買えるのか分からない、電気生理のグラウンドを繋ぐのに実験室の壁にあるコンセントプラグからアースを配線したら安全管理責任者から激怒される、研究所の工作室に睡眠測定用ケージを作ってもらおうと足を運びドイツ語しか喋らない職人たちに溜息をつかれながら3時間かけてイラストで説明する、などなど、実験系を立ち上げるには予想以上の時間と苦労を要しました。ようやく安定したデータが取れるようにはなってきましたが、限られた時間で成果を出すことを考えると既にシステムが確立しているテーマを選ぶ方が身のためだったかもしれないと後悔することもしばしばです。実際、20人ほどいるポスドクたちの働き方は、Jens肝入りのテーマを与えられ事細かに進捗報告をしているケースもあれば、私のように持ち込みに近いテーマをしている者もいたりと多種多様です。
コロナ禍という特殊な状況での渡航・研究では普通にはない経験も多くありました。渡航するにも飛行機の運航本数は極限まで減っていて、予約した便は直前に二度三度と振り替えられ、そもそも本当に出国できるのか当日まで不安がありました。日本は感染者数が落ち着いたタイミングだったためドイツ国内での隔離期間はありませんでしたが、一方のドイツはロックダウン真っ最中。生活に必要なものは全て現地で買おうと身一つで渡航したものの、食料品を売るスーパー以外あらゆる店が閉鎖しており、下着を買うためにロックダウンが一時緩和された隣町まで足を運ぶ羽目になりました。ケルン近郊は比較的先進的な街とは言え、当時のコロナ禍にあって「明らかに外から来た風貌のアジア人」をよく思わない市民もいたように感じます。もちろんキャンパス内は人種差別とは無縁ですが、地元のスーパーでの買い物等に際して当時嫌な思いをしたことが無いと言えば嘘になります。今振り返ると、あらゆる人がコロナにストレスを感じていた時期だったのだと思います。
研究のスタートに関してもやはり当時は多くの壁がありました。実験機器の説明をしてくれるはずの担当者が在宅勤務で研究所にめったに来ない、動物施設の運用規模が縮小しており新規のマウスライン導入が難航する、日本と同様に一部の消耗品の生産が止まっていて購入できない、といったイレギュラーを前に日々頭を抱えていました。コロナ禍から日常に戻る中で私自身も少しずつ慣れ、ようやく現在スムーズに仕事ができるようになった感覚です。現在では対面でのミーティングもできるようになり、郊外に滞在して2泊3日で全員がプログレスレポートをする「リトリート」も無事開催されました。
生活面についても、現在ではレストランやレジャー施設も通常運転となり、自然と都会が調和したケルンの街を楽しむことができています。市内には巨大な公園が数多くある他、ビールやワインの醸造所も点在し、中心部は観光地としても賑わっています。電車で1時間弱の隣町デュッセルドルフはヨーロッパ最大級の日本人都市で、焼き鳥片手にくだを巻く駐在サラリーマンに溢れた居酒屋で日本を感じることもできます。冬の寒さは中々ですが雪が積もることはありませんし、夏の爽快さは素晴らしく、トータルでは非常に住みやすい環境のように思います。
以上、簡単ではありますが研究所と日常生活の紹介を中間報告とさせて頂きました。最後に、本留学を支援下さった鈴木万平糖尿病財団の皆様、北海道大学獣医学研究院生化学教室の皆様にこの場をお借りし御礼申し上げます。鈴木万平糖尿病財団の先生方からはオリエンテーションに際し、異なる環境にあっても自分の研究に向き合うことを強くエンカレッジされたことが印象に残っております。言語や文化の壁を感じながらの研究生活ではありますが、残りの期間も全力で研究に取り組みたいと思います。